ファン・ドンヒョク監督による2018年公開の作品で、坂本にとってこれが初めての韓国映画への参加。餓えと寒さに苛まれながらの籠城という極限状況をオールロケで撮影した映像のリアリティは凄まじいが、そこに坂本はさまざまなサウンドを加えることで、この映画を単なる歴史物を超えた別次元のものへと昇華させている。 「Vacant Throne」での超低域と物音、「The Fortress Title」でのアナログシンセの和音と低いベース、「Dispute」での深いリバーブがかけられたピアノ内部奏法、「Yong s Threat」でのモジュラーシンセによるノイズ……それらは晩年のソロアルバム『async』に通じるサウンドであり、映画のサウンドトラックであることを忘れ聴き入ってしまうほどだ。 もちろん、メインテーマである「King s March Strings Version」での空気を包み込むような優美なストリングスは坂本の真骨頂であり、戦闘シーンで流れる曲ではストラヴィンスキーをほうふつさせるオーケストレーションとリズムを展開するなど、伝統的な映画音楽の要素も巧みに組み込まれている。「King s March」はストリングスバージョンのほかさまざまな変奏が行われるが、なかでも「King s March SpinetVersion」の美しさは格別だ。 チェンバロと同族の古楽器であるスピネットは繊細な音を奏でるが、音量が持続せずすぐに消えていくのが特徴。 そのスピネットをゆったりとしたテンポで、それこそ拍や節にとらわれることなく弾くことで、音の消え際から次の音が立ち現れるまでの間が生じ、引き伸ばされた時間と深淵な空間とを表現しているのだ。